【ポイント】
・これまで化学合成が困難であった天然有機化合物ヒンクデンチンAの不斉合成に初 めて成功
・研究途上で新たに発見した不斉脱芳香族化反応は,種々の類似化合物合成に応用可 能であり,今後新たな不斉変換法の開発に繋がることが期待される
海産ブロム化アルカロイド,ヒンクデンチン A の
完全不斉合成を初めて実現
このたび名古屋大学大学院創薬科学研究科(研究科長:人見清隆)の福山 透(ふ くやま とおる)教授,北村 雅人(きたむら まさと)教授らの研究グループは, タスマニア近海より単離されたヒンクデンチン A という天然有機化合物の新た な効率的完全不斉合成法(全合成法)を開発しました。本化合物は,光学活性体 の合成が未だに達成されておらず,合成的供給が困難であることが知られていた 化合物です。単純な手法の組み合わせでは,化合物の供給は困難であるために, 多くの独自な反応条件を新たに開発した上で実現されており,今回実現した化学 合 成 は有 機合 成化 学に お ける ひと つの マイ ル スト ーン とな るこ と が予 想さ れ ま す。光学活性体の合成を実現可能にした特異な脱芳香族化反応(注1)について も世界中で研究が進められているなか,今回開発した反応条件は世界に先駆けて 不斉合成を実現する上で重要な役割を担いました。
本成果が,今後同様の分子構造を構築する上で有用であることに加え,同様の 不 斉 脱芳 香族 化反 応を 開 発し てい く上 での 基 礎と なる こと を示 す 結果 であ る と 言えます。
本研究成果は、アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」 オンライン版に2016年10月22日付(日本時間)で発表されました。
本研究は,文部科学省科学研究費補助金(23590003, 25221301, 15H05641),創薬等支援技 術基盤プラットフォーム(AMED),科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 先導 的物質変換領域(ACT-C)の支援のもとでおこなわれたものです。
【研究背景と内容】
海洋天然有機化合物の中には、抗がん作用をはじめ様々な生理活性を持った化合物 が知られており、このような資源の中には,人類の健康福祉を向上させるための有用 な新薬の種が多く眠っていることが知られています。一方でこれらの有機化合物の中 には,これまで科学者があまり見たことのない非常に珍しい構造が含まれることも多 いのですが,天然由来の物質供給に頼る場合は資源乱獲などの問題をはらんでいま す。新たな生理活性を見出すためにも,実用的な化学合成による化合物供給及び類縁 体の合成を実現する必要があり,合成経路の確立がなにより大事になります。こうし た営みのために,天然物合成化学においては,その技術革新が常に目標とされてきた という歴史があります。
ヒンクデンチンAは,1987年にタスマニア近海のコケムシ(Hincksinoflustra denticulata)より単離された海洋産アルカロイドであり,構造としては3つの臭素原 子及び環状アミジン骨格,7員環ラクタム骨格など,他にあまり類を見ない骨格を持 っていることから,主に構造のユニークさを理由として多くの研究者から注目されて きました(図1)。今回,我々は独自に入手容易なN−アシルインドールを基質とする 脱芳香族化反応を不斉化することに成功し,光学活性体として合成中間体を得ること に成功しました(図2)。また,光学活性中間体からヒンクデンチンAへの変換も, 各種独自性の高い方法論を新たに開発した上で実現しています。今回の研究により, ヒンクデンチンAの合成を300ミリグラムスケールで実現できたことから,生物活性 の探索が初めて可能になりました。また,新たに見出した不斉脱芳香族化反応を開発 した成果は各種のインドールアルカロイドを含む含窒素化合物の不斉合成に適用可能 であることから,今後の有機合成化学,創薬研究への応用が期待されます。
【用語説明】
注1 脱芳香族化反応:
化合物は芳香族性を獲得することでエネルギー的に有利になるため,逆に芳香族性 を失う形で化学反応が進行することは稀である。環化反応の形にするなど他の要因を 有利に設定することにより,通常進行しない脱芳香族化反応を促進させることが可能 であり,他の方法では得られない貴重な分子骨格を得られる場合がある。
【論文情報】
掲載雑誌:Journal of the American Chemical Society (アメリカ化学会誌) 論文名:Enantioselective Total Synthesis of (+)-Hinckdentine A via a Catalytic
Dearomatization Approach
著者: 道木和也(名古屋大学大学院創薬科学研究科・博士課程2年)
小野裕之(東京大学大学院薬学系研究科・博士課程修了) 谷口透(北海道大学大学院先端生命科学研究院・助教) 下川淳(名古屋大学大学院創薬科学研究科・助教) 北村雅人(名古屋大学大学院創薬科学研究科・教授) 福山透(名古屋大学大学院創薬科学研究科・教授) DOI: 10.1021/jacs.6b10237